講演時の配布資料

健康医療市民会議　定例会　講演

人だけでなく国の未病をも救うアーユルヴェーダの可能性

帝京平成大学ヒューマンケア学部＆東洋医学研究所　教授
ＮＰＯ法人日本アーユルヴェーダ研究所　理事

医学博士　上馬塲　和夫

日本の医療費の高騰が注目されて久しいが、2010年度医療費は36.6兆円で8年連続で増加し、過去最高を記録した。治療以上に予防が必要であることは周知のことであるが、メタボ検診も十分に奏効しているとは言えない。
そこに、誰もが安価で安全に実践できて、未病を治すヘルスケアシステムとしてのアーユルヴェーダやヨーガが、世界的に注目を浴びている。実際今回の震災では、降圧剤がなくなって血圧が上昇した患者の中には、ヨーガの呼吸法をしただけで血圧が低下したとか、不眠が改善したなどの体験談が寄せられている。さらに我々は、個人の健康だけでなく、国の病気の予防に対しても、アーユルヴェーダの持つ生命観や実践法が役立つ可能性を提唱している。

アーユルヴェーダとは、「生命の科学」（アーユス：生命、ヴェーダ：科学）を意味するサンスクリット語であるが、生命とは何か、健康とはどのような状態かを説きながら、幸福で有益な長寿を生きる「健康幸福寿命」を延伸するための方法を明らかにしたものである。アーユルヴェーダの古典『チャラカ・サンヒター』（紀元1～2世紀頃）には、「精神とアートマンと身体の３つは、あたかも鼎のごとくであり、、、その結合体が人間である」（チャラカ・サンヒター第１巻第１章）と教え、それらの関係と具象化のプロセスを示している。また健康の定義として、『スシュルタ・サンヒター』（紀元前７世紀）には、①３つの生体エネルギーのバランス状態、②消化力が正常、③排泄が正常、④体内の組織の過不足がない、⑤心、五感、意識が至福に満ちている、と定義づけ、種々の治療法の目的を至福に満ちた健康状態としている。物質である身体は、ボディ、精神はマインド、我アートマンはスピリットに対応させることができるが、アートマン魂とは、「三つ子の魂百まで」という用語があるように、記憶・情報とみなすと、現代生化学の『情報→エネルギー→物質』という構図と同じ仕組みが、アーユルヴェーダの生命観にあることが理解できる。

そこから、意識＝情報のレベルを変革することで、肉体レベルの変化が起きるとする“Spiritual Biotechnology”（仮称）の概念が得られる。つまり、肉体レベルの異常（物質的な肉体だけでなく行動の異常も含む）の原因は、情報つまり意識のレベルにおける異常とみなすことができるのである。「三つ子の魂百まで」とよくいわれるように、魂つまり意識のレベルへのアプローチを行うことで、肉体的疾病だけでなく、社会的疾病をも予防できると推定される。

ストレスを受けてもすぐに切れやすくなるのではなく、情緒を安定させ、勇気ややる気を出して立ち向かっていくことのできる人材を養成する。逆に切れて犯罪などを起こす人物を養成しないという、人間の育てかたの理論と方法がアーユルヴェーダの“Spiritual Biotechnology”にあるのである。また、これは、「癌の自然退縮が、感謝の気持ちを持つ人で起こりやすい」という結果を説明してくれるだけでなく、同じ遺伝子をもつ一卵性双生児やクローン人間同士の心身の個体差、性同一性障害や多重人格による疾病罹患傾向の違いなども説明してくれる。

また、アーユルヴェーダの説く「ちくわ」のような人体模型を考えると、具体的な治療方法を、内治、外治、不内外治というふうに配置させることが容易となる。健康の維持増進のような総合的なアプローチは、これら３つの方法で行われることでより効果的となることが推定できる。
更に、アーユルヴェーダでは、アーマ(Ama：未消化物)と呼ばれる毒素の一種が、癌も含め疾病だけでなく、老化の元凶ともなるといわれている。「蜂蜜を加熱すると毒となる」という『スシュルタ・サンヒター』の記述から、蜂蜜を加熱すると生成されるAGEsが、アーマの現代医学的アナログになるという仮説を、我々は提唱している。
我々は、「AGEs－血管内皮細胞関連」が種々の疾病において未病状態になると仮説し、東洋医学と西洋医学の病因（内因、外因、不内外因）と種々の治療法（内治、外治、不内外治）を、統合的に把握することで、皮膚のAGEs簡易測定などによるITを活用した遠隔予防医療の構築を目指している。さらに“Spiritual　Biotechnology”によって、国の未病を防ぐ理論と方法を確立することを目指している。

癌や含む肉体的疾病や老化だけでなく、社会的病理をも未病段階で予防できる理論と方法を兼ね備え、健康幸福寿命の延伸を目指すアーユルヴェーダは、２１世紀における統合医療の雛形となることであろう。